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平成23年度

脳内酸化ストレス反応を介した精神疾患の病態・治療機序の解明

九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点
(九州大学大学院医学研究院精神病態医学分野 )

加藤 隆弘

 昨年4月より本拠点に着任させていただいております加藤隆弘と申します。私は現在12年目の精神科医です。精神科医としては、無意識の存在を認め、無意識を扱う精神分析に関して修行中です。同時に、ミクログリアという脳内免疫細胞に着目し、精神神経免疫学の視点から統合失調症の基礎研究に取り組んでいます。こうして、心と脳の関係を常に考えざるを得ない立場を歩んでいます。私のような精神科医は稀であり、多くの精神科医は「心は心の専門家に、脳は脳の専門家に」という具合に心と脳を別々に切り離して扱いがちです。それは仕方ありません、心と脳の接点は未だにほとんど見出されていないからです。私は、本拠点に着任し、様々な専門性を有する多くの気鋭の研究者と交流することで、「脳内レドックス反応こそが、脳と心の接点を繋ぐ鍵ではないか?」と考えるようになりました。微細な心の動きは脳内の微細なレドックス反応によって動かされているのかもしれません。もしそうなら、レドックス反応の制御によって精神疾患の治療が可能になるかもしれません。こんな夢(仮説)を持って研究に取り組んでいます。本拠点の各グループのみなさんと連携し、現在は主に、精神疾患動物モデルを用いた脳内レドックス反応や脳内代謝動態の解析を行っています。同時に、心理学者の協力を得て、人間の心の動きをレドックス反応の視点から捉える研究も始めています。心というのは目に見えないだけに扱いにくいのです。だからこそ、本拠点のレドックス反応を可視化するという技術こそが、心と脳の接点の解明に重要な役割を果たすであろうと期待しています。これからも本拠点のみなさまとともに、細胞レベルから人間レベルに至る「心と脳」のトランスレーショナルリサーチを推進してゆきたいと願っております。みなさま、今後とも、御指導御鞭撻の程、よろしくお願いいたします。

脳梗塞機能回復過程におけるペリサイトの役割とレドックスによる制御

九州大学病院 腎・高血圧・脳血管内科
(九州大学大学院医学研究院病態機能内科学)

吾郷哲朗(あごうてつろう)

 脳血管では、内皮細胞間の接着が強固であり、物質の透過が厳密に制限される血液脳関門 (Blood-Brain Barrier=BBB)が存在する。脳では内皮細胞を取り巻くペリサイトの存在比率が他臓器に比し特に高いことが知られ、ペリサイトのBBB形成維持における重要性が示唆される。脳虚血時、BBBの構築を維持することは、脳浮腫抑制や神経細胞機能維持の観点からも極めて重要である。また,脳虚血後に生じる組織修復・再生過程においても、ぺリサイトは重要な役割を果たすと考えられる。
 我々は、とくにペリサイト機能に注目し、脳梗塞発症後の修復・再生促進の分子メカニズムについて、マウス脳梗塞モデルを用いた個体レベル、ペリサイトを含む各種培養細胞を用いた細胞レベルでの検討を行っている。これまでに、脳梗塞周囲のペナンブラ領域に限局して、PDGF受容体の発現が上昇したペリサイトが集簇することを見出している。さらに、ペリサイトにおけるPDGF受容体の発現制御機構、PDGF受容体を介したシグナル伝達が周囲組織に及ぼす効果について興味深い知見を得ている。また、これら脳梗塞修復・再生過程において、心血管系細胞の主たる活性酸素種産生酵素 Nox4がどのような影響を及ぼすかについての検討も行っている。
 ぺリサイトはBBBの機能維持のみならず、脳梗塞後の組織修復・再生においても重要な役割を果たしていると考えられる。その詳細なメカニズムを明らかにすることは、神経機能回復促進という新たな立場からの脳梗塞治療の手がかりとなると考えている。

微量金属輸送体の発現量制御により維持される細胞内レドックス環境に関する研究

九州大学大学院薬学研究院細胞生物薬学分野

藤田 英明

 細胞内レドックス環境は鉄を含めた様々な微量金属の濃度に影響される事が知られている。細胞内微量金属の濃度は主に細胞膜上に存在する輸送体の発現量により調節されている。この輸送体の発現量調節機構として転写・翻訳レベルでの制御が良く知られているが、同時にすでに発現している輸送体蛋白質自身を速やかに分解・排除する機構の存在も重要である。私はこれまでに、鉄の取り込みに関与するトランスフェリン受容体(TfR)が鉄濃度依存的にユビキチン化を受けリソソームで分解を受けていることを見出した。さらに平成22年度本若手事業において、TfRのユビキチンリガーゼ候補分子を複数同定することに成功した。
 平成23年度は同定されたユビキチンリガーゼがどのようにして細胞内外の金属濃度や細胞内レドックス環境の変化を検知してTfRのユビキチン化・ダウンレギュレーションを引き起こしているのかを分子・細胞生物的手法を用いて明らかにする。さらに、TfRの発現量制御により維持される細胞内レドックス環境に関する研究を、脳血管内皮細胞および周辺細胞(ぺリサイト)を用いて解析を行う。生後初期ラット脳において血液脳関門の形成時には血管内皮細胞およびぺリサイトの増殖を促進するために、TfRの発現が一過性に上昇し、その後血液脳関門の成熟に伴いTfRの発現量が減少する。血液脳関門の形成・再生時のTfR発現量変化が同定したユビキチンガーゼによる制御を受けているかについて解析を行う。ユビキチンリガーゼによるTfR発現量制御は、脳機能障害・長期輸血・アスベストによる悪性中皮腫発がん・感染症を含めた様々な鉄過剰障害からの回復治療法の一助になる事が期待される。

Aryl hydrocarbon receptor(AhR)を介したNrf2及びSIRT1の活性化についての解析

九州大学病院 皮膚科

辻 学

 私達のグループは、ダイオキシン類の受容体であるartl hydrocarbon receptor(AhR)の働きについて研究を行っています。これまで私達は、タバコに含まれるpoly aromatic hydrocarbonであるベンゾピレンをヒト表皮細胞に投与するモデルを用いて、ベンゾピレンはAhRを介して酸化ストレスを生じ、炎症性サイトカインを産生することを報告しました。これは、AhRが酸化ストレスの調節因子となりうる可能性を示したものです。次に、抗真菌薬であるケトコナゾールをヒト表皮細胞に投与するモデルを用いて、ケトコナゾールはAhRを介してNrf2を活性化することで、TNF-α(非AhRリガンド)及びベンゾピレン(AhRリガンド)による酸化ストレスを制御することを報告しました。
 これらの研究成果から、レドックス機構に重要なNfr2の発現をAhRを介して制御するという新しい機序が考えられました。そこで、今年度よりレドックスナビ若手育成事業として、AhRがNrf2を活性化するメカニズムを解明する実験計画をすすめております。また、最近レドックス機構で注目されているSIRT1についても、SIRT1誘導物質(Resveratrol、Quercetin)がAhRリガンドであることに注目し、AhRを介したSIRT1誘導の可能性についても検討を行っております。

糖尿病性認知症(脳機能障害)の疾患概念の確立と分子機序・治療法の探索

九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点

園田 紀之(そのだのりゆき)

 早いもので、レドックスナビ研究拠点で研究を開始させて頂き、約1年が過ぎました。現在私は研究留学から帰国後、病院勤務を経て糖尿病に合併した認知症の発症機構とその治療法についての研究をすすめております。私の専門とする糖尿病は近年の疫学研究より高率に認知症を合併することが明らかとなってきました。これは急増する糖尿病患者と今後我々が迎える超高齢化社会を考えると重要な問題でありますが、これまでその発症メカニズムなどがあまり理解されていない新しい分野です。拠点内外の多くの研究者の方々のご協力のもと複数の糖尿病モデル動物や培養細胞を用いて脳の高次機能、脳内の酸化ストレス、分子生物学的解析や組織学的解析をすすめているところであります。初めて立ち上げるような実験も多く、この1年は試行錯誤を繰り返しながら無我夢中で取り組んで参りました。これまでに糖尿病から脳の高次機能障害へ至る過程には様々な経路があることを見出すことができました。未発表のため詳細を書くことはできませんが、そのメカニズムについても興味深い研究が得られつつあります。2年目はこの成果をさらに発展させ、外へ発信していくとともに、これが人への診断や治療へいかに応用できるかを意識しながら、微力ながら頑張っていきたいと思っております。今後ともどうか宜しくお願い致します。

レドックス反応が活発な腫瘍関連マクロファージ(Tumor associated macrophage; TAM)を標的とする新しいがん治療創薬研究

九州大学大学院薬学研究院創薬腫瘍科学講座

渡 公佑

 がんの発症や進展に炎症や感染が深く関与することはよく知られている。我々は炎症応答のがんの悪性進展への関与が、がんの増大や移転と関連する血管新生誘導によることに注目し研究を進めてきた。またこの炎症応答としてがんに浸潤してくるマクロファージは腫瘍関連マクロファージ(TAM)として知られ、活性酸素の産生をはじめ、非常にレドックス反応性が高いことが知られている。そこで本研究計画では、TAMを標的とした新しがん治療戦略を構築するために、TAMに特異性の高いレドックスバイオマーカーを見出し、その妥当性を検証することを目的とする。
 レドックス反応が高く、がんの発症と進展に関与する炎症反応に関連するTAMは、がんの増大や血管新生や浸潤・移転を促進し、がん患者の予後不良を規定する因子である。本研究によりTAMに特異性の高いレドックスマーカーを提示しその妥当性を検証することは、TAMを標的とした新しいがん治療戦略の構築に有用である。そしてTAMを標的とした新しいがん治療戦略は、将来的にはベッドサイドのがん治療へ大きく貢献できると確信している。