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先端がん診断・創薬グループ研究内容

生体内代謝の多くは酸化還元反応(レドックス反応)であるといわれています。細胞内ではレドックス反応の結果、活性酸素種(Reactive Oxygen Species, ROS)などの様々なラジカルが常に発生していて、このように発生したラジカルは細胞を攻撃し、その生存を脅かしています。発生するラジカルの攻撃対象として、遺伝情報をコードするゲノム(DNA)があります。ラジカルの作用により傷ついたDNAは、あるときは細胞死を誘導し、あるときは変異の原因となります(下図)。

図:DNA修復とがんとの関係

図:合成致死の概念に基づいたDNA修復異常に起因するがんの治療戦略細胞は傷ついたDNAを修復する機構を幾重にも保持しており、それぞれが傷ついたDNAを正確に修復することで、ゲノム恒常性を維持しています。その修復機構が破綻すると、変異が修復されず蓄積し、ゲノムが不安定になり、発がんにつながります。実際、がん発生率の高い遺伝性疾患の原因遺伝子が、DNA修復機構に関わる重要な因子であることが多く、DNA修復機構の破綻に起因して発生したがん細胞を殺傷するには、破綻したDNA修復機構やそのバックアップのために過剰に活性化している機構を標的とすると効果的であることが近年明らかになってきました。例えば、家族性乳癌原因遺伝子BRCA1やBRCA2の欠損によって発生するがん細胞で特異的に活性化しているポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)の小分子阻害剤は、そのようながん細胞に対して特異的に高い殺傷能力を発揮します。

現在、このような「合成致死」と呼ばれる考え方に基づく分子標的薬の探索や創薬開発が世界中で盛んに進められており、一部は臨床試験でその効果が確かめられつつあるという状況です。

それに対し、これまでに臨床で使用されている抗がん剤は、がん細胞と正常細胞に対する増殖抑制効果を比較することで開発されてきたため、その作用機序について詳しくは理解されていないことが少なくありませんでした。しかし、その治療効果は高く、今後分子標的薬が臨床の現場で広く使用されるようになっても、抗がん剤は併用などによって引き続き臨床の場で使用され続けるでしょう。抗がん剤が抗腫瘍効果を発揮するメカニズムを分子レベルで明らかにすることは、新たな標的分子の発掘、新規治療法の開発につながることが期待されており、現在も様々な施設で研究が進められています。

消化器癌、乳癌などの固形癌に対し現在でも使用頻度の高い抗がん剤の代表として代謝拮抗剤5-FUがあります。大鵬薬品工業は過去に5-FUの経口剤化、プロドラック化を成功させており、同社の製品であるUFTやTS-1は現在も消化器癌、乳癌を始めとするさまざまな固形癌に対する治療薬として広く処方されています。このように5-FUの代謝経路に注目したプロドラッグ化の成功は、これまでにがんに対する治療効果を高めただけでなく、がん患者の治療における肉体的、精神的な負担を軽減してきました。また、実際の抗がん剤治療において、作用機序の異なる抗がん剤が併用されることで、奏効率の劇的な改善につながることがあります。進行大腸癌に対する標準療法となっているFOLFOX療法、FOLFILI療法は、それぞれ5-FUとオキザリプラチン、5-FUとカンプトテシンとの併用療法ですが、その奏効率の高さから大腸癌治療における化学療法に対する認識を変えてきました。ですが、なぜ5-FUが多くの癌に対して治療効果が高いのか、なぜ併用すると治療効果が高いのかという問いに対する答えは完全には得られていません。

当グループでは、大鵬薬品工業と協働し、5-FUを始めとする現在実際に処方されている抗がん剤について、その作用機序を細胞生物学的、分子生物学的手法を用いて詳細に解析し、その効果を高めるための標的分子の探索を行っています。中でも、DNA修復機構やチェックポイントシグナル伝達に関わる因子群に注目しています。これらの解析より同定された標的分子やその詳細な解析によって得られた知見に基づき、分子レベルでの作用機序に基づく新たながん治療法の開発を目指しています。